病院が潰れると、地域の医療はどうなるのか

【全3回・第3回】影響編

前回は、2026年の改定で患者の窓口負担がどう変わるかを解説しました。

今回は視点を変えて、改定が医療機関の経営にどう影響するのかを見ていきます。そしてその先にある「病院が潰れると地域の医療はどうなるのか」という問いは、医療費の話を超えて、私たちの生活に直結するテーマです。

1.プラス0.40%は現場を救えるのか

施設ごとに大きく異なるプラス幅

今回の診療報酬改定では、施設の種類によってプラス幅に大きな差があります。経営が最も厳しいとされる病院へはプラス0.40%、医科診療所へはプラス0.02%にとどまっています。

一方で医療機関が直面しているのは、物価高騰・光熱費上昇・人件費増加という三重の負担です。この数字が現場の実態に対して十分かどうか、データが示しています。

病院の3分の2以上がすでに赤字

帝国データバンクの調査では、民間病院のうち本業の利益を示す営業損益が赤字となった法人は全体の61.0%を占め、前年度(54.8%)からさらに悪化しています。別の調査では、医業赤字病院の割合が74.6%、経常赤字が65.6%という数字も出ています。

医療機関は労働集約型産業であり、経費の半分以上を人件費が占めます。光熱費・食材費の高騰も加わり、収益悪化が加速している状況です。

医療界が求めていた数字との乖離

医学部長病院長会議は今回の改定に向けて「11%のプラス改定が必要」と要請していました。実際に決まったのはプラス0.40%、要求の30分の1以下です。

「閉院を選択しなければならない事態も生じている。地域医療が崩壊し、安心して医療を受けられなくなる事態を避けるためにも大幅プラス改定を」(病院団体トップの発言)

倒産件数は過去最多

2025年の医療機関の倒産は66件で過去最多となり、2024年(64件)を上回りました。2025年上半期だけで病床20床以上の病院の倒産は8件と、前年同期の2.6倍に急増しています。

倒産した病院の大半は地方の医療機関です。地方病院が潰れると、入院患者の転院や通院患者の治療寸断が起き、地域の医療空白につながります。

2.病院が潰れたあと、医師・看護師はどこへ行くのか

病院の倒産・閉院は建物の消滅だけを意味しません。そこで働いていた医師・看護師が次にどこへ向かうかという問題は、その地域に暮らす住民の生活に直結します。

医師の主な行き先

① 別の病院・クリニックへ転職

最も一般的なルートです。ただし地方病院が潰れた場合、近隣に受け皿となる病院がなければ都市部へ流出します。これが医師偏在のさらなる悪化につながります。

② 美容医療へ転職

夜勤なし、過重労働なし、高収入という条件が揃う美容クリニックは、疲弊した若手医師の受け皿になっています。救急・産婦人科・小児科など地域医療に不可欠な診療科から美容医療への転職は、地域の医療資源が失われるという意味で深刻な問題です。

③ 海外へ

日本の医師免許がそのまま通用するケースは限られていますが、中国・シンガポール・ドバイ・ベトナムなど比較的活用しやすい国はあり、待遇を求めた海外流出は実際に起きています。

看護師の主な行き先

① 他の病院・施設へ転職

最も多いルートです。看護師の有効求人倍率は全産業平均を大きく上回る高水準が続いており、転職自体は比較的容易です。ただし2030年までに約187万人の医療人材が不足するとも試算されており、需給の逼迫は続いています。

② 美容クリニックへ転職

医師と同様に、夜勤なし・土日休みで給与も高い美容クリニックは看護師にも人気の転職先です。地域医療の担い手が減る構造は医師と同じです。

③ 訪問看護へ転職

高齢化の進展で訪問看護の需要は急増しています。病院から在宅医療を支える担い手へのシフトという意味では、地域医療の維持に貢献するルートです。

3.負のスパイラルという構造問題

病院の倒産と人材流出は、切り離せない問題として連鎖します。

地方病院の倒産 → 医師・看護師が都市部・美容医療へ流出 → 地域の医療空白が拡大 → 残った病院の負担が増す → 次の倒産へ

プラス0.40%という改定率は、こうしたスパイラルを食い止めるには心もとない数字と言わざるを得ません。一方で、診療報酬の大幅な引き上げは保険料や患者負担の増加につながるため、財源には限界があるという現実もあります。

地域医療が消えると何が起きるのか

近くの病院がなくなる、ということは日常生活のさまざまな場面に影響を及ぼします。

  • 救急搬送先が遠くなり、到着までの時間が延びる
  • かかりつけ医を失い、慢性疾患の継続治療が途切れる
  • 妊婦が近くで出産できなくなる(産科の閉院)
  • 高齢者が通院できなくなり、病状の悪化を招く

これらは都市部に住む人には遠い話に感じられるかもしれません。しかし地方出身者の家族、将来の転居、あるいは自身の高齢化を考えれば、決して他人事ではありません。

4.生活者として何を知っておくべきか

地域の医療資源は有限である

「病院はいつでもそこにある」という前提は、すでに揺らいでいます。近くの病院が今後も存続し続けるかどうかは、医療費の使い方や政策の方向性によって変わります。

医療費の節約は大切ですが、一方で医療機関の収益を支えているのは保険料と窓口負担です。「安ければいい」という視点だけでなく、地域の医療提供体制を維持するコストという視点も持っておくことが、これからの時代には必要かもしれません。

3回シリーズのまとめ

第1回から第3回を通じて、診療報酬と薬価の全体像を見てきました。

テーマ主な内容
第1回仕組み編診療報酬・薬価・医薬分業の基本
第2回変化編OTC類似薬・先発品負担増など患者への直接的な影響
第3回影響編病院経営の実態・人材流出・地域医療への波及

医療費の話は「窓口でいくら払うか」だけでなく、地域の医療がこれからも維持されるかどうかという問題とつながっています。制度の変化を「自分ごと」として受け止めるための一助になれば幸いです。


※本記事は執筆時点の情報をもとに作成しています。制度の詳細や個別の負担額については、厚生労働省の公式サイトまたはかかりつけの医師・薬剤師にご確認ください。

【参考資料】
・厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」
・帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)」
・東京商工リサーチ「病院経営の法人、採算悪化で赤字法人が5割に迫る」
・厚生労働省「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(2024年12月)

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