社労士試験の賃金支払いルール【昇給ゼロの工場で資格手当に活路を見出した話】

【労働基準法シリーズ 第7回】

前回は解雇・退職・定年を取り上げました。

今回は賃金の支払いルールです。働く理由の根幹にあるのが賃金であることは、誰もが認めるところだと思います。だからこそ労働基準法は、賃金の支払い方について細かくルールを定めています。

私が食品工場に入社したのは就職氷河期のころです。初任給の明細を初めて手にしたとき、その少なさに言葉を失った記憶があります。給料日は毎月18日で、入社したのが月初めだったにもかかわらず、その月の給与は18日分だけの計算でした。これから社会に出る若い方には、卒業前にある程度お金を貯めておくことをおすすめします。あのときの自分には、そんな発想すらありませんでした。

この記事では、賃金支払いの5つの原則と、なぜその原則が必要なのかという実態の話を、私の体験と合わせて整理していきます。

1.賃金支払いの5原則とは

労働基準法は、賃金の支払い方について5つの原則を定めています。まとめると次のとおりです。

原則内容
通貨払いの原則現金(または銀行振込など)で支払う
直接払いの原則労働者本人に直接支払う
全額払いの原則賃金の全額を支払う(天引きには条件がある)
毎月払いの原則少なくとも毎月1回以上支払う
一定期日払いの原則支払日を特定の日に定める

私の職場はオーソドックスな運用で、銀行振込で毎月25日払いという形でした。特に不満はありませんでしたが、入社月だけは別です。給料日は18日で、その月は18日分だけの計算。「これで生活しろということか」と思いましたが、もちろん1ヶ月分ではなく18日分の賃金なので当たり前の話です。それでも現実の数字を見たときの衝撃は、今でも覚えています。

通貨払いの原則——現物支給はなぜダメなのか

通貨払いの原則は、賃金を現金または銀行振込などで支払うことを求めるものです。

なぜこのルールが必要かというと、歴史的には現物支給(食料・商品・社宅など)で賃金の代わりとするケースがあったからです。現物では価値が不透明になり、労働者が不利な扱いを受けやすい。そこで「お金で払いなさい」と法律が定めました。

例外として、労使協定があれば銀行振込や証券総合口座への振込も認められています。現在はほとんどの職場が振込払いですが、これは「例外として認められた運用」であり、原則は「現金払い」です。試験ではこの「原則と例外」の関係が問われます。

直接払いの原則——代理人への支払いはダメ

賃金は労働者本人に直接払わなければなりません。

親や配偶者が代わりに受け取りに来ても、会社はその人に払うことができません。「家族に渡したのだから払った」という理屈は通らないのです。

ただし例外があります。労働者が病気などで自ら受け取れない場合に、使者(本人の意思で動く代理人)に渡すことは認められています。「使者」と「代理人」の違いは試験でも問われやすい細かい論点です。

2.全額払いの原則——天引きが認められる条件

5つの原則の中で、試験でも実務でも特に重要なのが全額払いの原則です。

賃金は全額を支払わなければなりません。つまり会社が勝手に何かを差し引くことは、原則として許されません。

天引きが認められる2つの例外

ただし現実には、給与から税金や社会保険料が引かれています。これは違法ではありません。天引きが認められるケースは2つです。

  • 法令に別段の定めがある場合:所得税・住民税・社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険)の控除がこれにあたります。法律で天引きが認められているため、全額払いの原則の例外となります。
  • 労使協定がある場合:労働者の過半数代表と書面で協定を結べば、組合費・社宅費・購買代金などを賃金から控除することができます。

この2つ以外の天引きは、原則として違法です。会社が「損害を与えたから」「備品を壊したから」という理由で勝手に差し引くことはできません。

全額払いを無視して支払いを先延ばしするケース

「全額払いの原則」は、支払額だけでなく支払い時期にも関係します。定めた支払日に払わないこと自体、一定期日払いの原則に反します。

現実には、次のようなケースが起きることがあります。

  • 退職月の給与を遅延させる:「精算が終わってから払う」などと言って引き延ばす。退職後は労働者が追いかけにくいことを利用するケースです。
  • 会社の資金繰りを理由に遅らせる:「取引先からの入金が来てから払う」という論理。会社の経営問題を労働者に転嫁しているに過ぎず、法律上は認められません。
  • 残業代・インセンティブ部分だけ後回しにする:基本給は払うが、残業代や歩合部分を「後で計算して」と先送りにする。

なぜこうした遅延が起きるのか。簿記2級を勉強したときに「売掛金」という概念を学んで、少し腑に落ちました。商品やサービスを売っても、代金が回収されるまでにタイムラグがあります。このズレが積み重なると、売上はあるのに手元にお金がない状態になる。いわゆる黒字倒産です。自転車操業の会社では、こういう構造で賃金の支払いが遅れることがあります。

ただし、会社の資金繰りがどれほど苦しくても、労働者の賃金は権利です。しっかり主張しなければならない場面では、主張してよいものです。こうした問題が起きたときの相談窓口として、労働基準監督署や労働局の総合労働相談コーナーがあります。

3.毎月払い・一定期日払いの原則

残り2つの原則も整理しておきます。

毎月払いの原則は、賃金を少なくとも毎月1回以上支払うことを求めます。年に一度まとめて払う、2ヶ月に一度払うといった運用は認められません。ただし賞与(ボーナス)や臨時に支払われる賃金はこの原則の対象外です。

一定期日払いの原則は、支払日を特定の日に定めることを求めます。「毎月最終営業日」のような変動する定め方は、厳密には問題があるとされています。「毎月25日」のように固定した日を定めることが求められます。

4.昇給ゼロの時代——賃金を自力で増やす手段

賃金支払いの原則を押さえたところで、少し私の話をします。

就職氷河期世代として入社した私の職場では、昇給がほとんどありませんでした。昇給がなかった年月が一番長かった不遇な世代、という表現が自分には一番しっくりきます。基本給が上がらない以上、手取りを増やすには別の手段が必要でした。

住宅手当は一律5,000円でした。だからなるべく家賃の安いアパートを選ぶしかありませんでした。学生のころより住環境のレベルが下がった、というのが正直なところです。学生のころに良いアパートに住まわせてくれた両親には、今さらながら感謝しなければなりません。

そこで目をつけたのが資格手当です。会社が提示する資格を取れば、仕事に直接関係がないものでも手当がもらえる制度がありました。手当の金額は資格によって異なりましたが、社労士は月8,000円だったと記憶しています。職場の同僚に人気があったのは電験3種(第三種電気主任技術者)でした。工場の設備管理に関わる資格で、取れれば手当も大きい。ただしかなりの難関資格です。

私は最初、危険物取扱者の資格取得から入りました。社労士と比べれば難易度は低く、まず取れそうなところから手をつけようという発想でした。資格手当という形で賃金に上乗せできるなら、それは努力が数字に直結する数少ない手段です。昇給では動かせない基本給ではなく、自分の行動で増やせる手当に着目する。あのころの自分なりの合理的な選択だったと今は思っています。

賃金の構成を法律で整理すると

賃金は「基本給+各種手当」で構成されます。労働基準法上の「賃金」には、基本給だけでなく手当も含まれます。

資格手当・住宅手当・家族手当・通勤手当など、会社が任意で設ける手当はさまざまです。一方で第2回(割増賃金)で触れたとおり、割増賃金の計算基礎に含めなくてよい手当も法律で定められています。「賃金に含まれるか」「計算基礎に含まれるか」は別の話なので、試験では混同しないよう注意が必要です。

賃金の構成を理解しておくと、求人票や労働条件通知書を読むときに「この手当はどういう性質のものか」という目線が持てるようになります。就職・転職を考える人にとっても、制度の知識が実際の場面で役立つ部分です。

まとめ

賃金支払いの5原則は、働く人の生活を守るための最低ルールです。

  • 通貨払い・直接払い・全額払い・毎月払い・一定期日払いの5つが原則
  • 天引きが認められるのは「法令の定め」または「労使協定」がある場合のみ
  • 会社の経営状態に関わらず、定めた支払日に全額払うことが義務
  • 退職後の賃金遅延など、全額払い・一定期日払いに反するケースは現実に存在する
  • 基本給が上がらない環境では、資格手当など自力で増やせる賃金に着目することも一つの手

昇給がない時代に資格手当を積み上げようとした、あのころの動機が今の社労士資格につながっているとも言えます。制度の知識は、自分の賃金を測るものさしにもなります。

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※本記事は筆者個人の体験談です。試験制度や法律は変更される場合がありますので、最新情報は公式サイトでご確認ください。

【一次情報の確認先】

  • e-Gov法令検索「労働基準法」第24条(賃金の支払)
  • 厚生労働省「賃金の支払いに関するルール」

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