【労働基準法シリーズ 第5回】
前回は労働時間・休憩・休日の基本ルールを取り上げました。その中で「法定労働時間を超えて働かせるには36協定が必要」という話を簡単に触れました。今回はその36協定を掘り下げます。
私は食品工場で3交代勤務をしていましたが、在職中、36協定という言葉を聞いたことがありませんでした。おそらく周りの同僚も同じだったと思います。残業が発生しても特に申請するわけでもなく、誰かが意識して管理しているふうでもなかった。それでも月に数回あるかないかの残業では、上限に届くはずもありませんでした。
社労士の勉強を始めて「36協定なしに残業をさせることは違法だ」と知ったとき、自分の職場はどうだったんだろうと改めて振り返りました。制度を知らずに働いていた、あの現場の話を交えながら、今回は36協定の仕組みと2019年の法改正の意義を整理します。
1.なぜ36協定が必要なのか
労働基準法の原則は1日8時間・週40時間です。この法定労働時間を超えて働かせるには、あるいは法定休日に働かせるには、会社が一方的に命じるだけでは足りません。労働者側との合意、つまり労使協定を結んで労働基準監督署に届け出ることが必要です。
この労使協定のことを「36協定」と呼びます。労働基準法第36条に根拠があるので、そのまま「さぶろく協定」と読まれています。
36協定を結ばずに時間外労働をさせた場合、会社は労基法違反になります。協定は「残業させていいですよ」という労働者側からの同意の証明であり、それなしに残業を命じる権限は会社にはありません。
前回も触れましたが、労使協定は組合がある職場なら組合と、なければ労働者の過半数を代表する者と結びます。組合のない私の職場でも、誰かが過半数代表者として協定を結んでいたはずですが、当時の私はその存在をまったく知りませんでした。
2.36協定で定める主な内容
36協定には、いくつか決めなければならない事項があります。試験で問われやすい点を整理します。
- 対象となる労働者の範囲:どの部署・職種の労働者に適用するか
- 対象期間:1年間が一般的
- 延長できる時間数:1日・1ヶ月・1年のそれぞれについて定める
- 時間外労働をさせる必要のある具体的な事由
締結した協定は、労働基準監督署への届出が必要です。締結しただけでは足りず、届出をしてはじめて効力が生じます。この「締結+届出」がセットである点は、試験でよく問われます。
3.原則の上限:月45時間・年360時間
36協定で定める時間外労働には、原則として上限があります。
- 1ヶ月:45時間以内
- 1年:360時間以内
この数字が、いわゆる「原則の上限」です。通常の業務であれば、この範囲内で36協定を結ぶことになります。
ただし現実には、繁忙期などに原則の上限を超えざるを得ない場面が出てきます。そのために設けられているのが「特別条項付き36協定」という仕組みです。
4.特別条項とは何か――そして「青天井の時代」
特別条項とは、臨時的な特別の事情がある場合に限り、原則の上限を超えて時間外労働をさせることを認める仕組みです。
ここで重要なのが、私が働いていた時代と現在では、この特別条項の扱いが大きく異なるという点です。
かつての特別条項には、法律上の上限がありませんでした。「臨時的な特別の事情」があるとして特別条項を結べば、延長できる時間に法的な天井がなかったのです。いわゆる「青天井」の状態です。行政指導として示された目安はありましたが、罰則のある法律上の上限ではありませんでした。
この状況が長時間労働を常態化させる温床になっていたことは否めません。過労死や過労自殺が社会問題として表面化していた時代と、この「青天井」の時代は重なっています。
5.2019年法改正で何が変わったか――改正の「狙い」
2019年4月(中小企業は2020年4月)に施行された働き方改革関連法により、時間外労働の上限が法律に明記されました。これが今回の改正の最大のポイントです。
改正後の特別条項付き36協定における上限は以下のとおりです。
| 項目 | 上限 |
|---|---|
| 時間外労働(原則) | 月45時間・年360時間 |
| 特別条項を使う場合(年間) | 年720時間以内 |
| 特別条項を使う場合(単月) | 月100時間未満(休日労働含む) |
| 複数月の平均 | 2〜6ヶ月の平均がいずれも月80時間以内(休日労働含む) |
| 特別条項を使える月数 | 年6ヶ月まで |
※上記の数字は記事作成時点のものです。最新情報は厚生労働省の公式サイトでご確認ください。
この改正の「狙い」は、大きく2つあります。
①「努力義務」から「罰則付きの義務」へ
改正前の上限はあくまで行政指導の目安であり、超えても罰則がありませんでした。改正後は上限が法律に明記され、違反した場合は罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象になります。「守ってほしい」から「守らなければならない」へ、法的な強制力が加わったわけです。
②「過労死ライン」との関係を意識した数字
月100時間未満・複数月平均80時間以内という数字は、厚生労働省が過労死との関連が強いとする「過労死ライン」(月80〜100時間超の時間外労働)を意識して設定されています。法律上の上限として「過労死ラインを超えさせない」という意思を制度に組み込んだ、という意義があります。
もっとも、月100時間未満という数字自体がすでに相当な長時間労働であることは変わりません。「上限の範囲内なら問題ない」という話ではなく、あくまで「超えてはいけない絶対的な天井」として捉える必要があります。
6.現場の実態と制度のギャップ
私のいた食品工場では、残業が月に数回あるかないかという程度でした。36協定の存在を知らなくても、実態として上限をはるかに下回っていたわけです。
ただ「知らなくても守れていた」のと「知ったうえで守っている」のは、まったく別の話です。
36協定が結ばれていなければ、月に数回の残業であっても法的には問題があります。届出がなければ会社側の違法状態は変わりません。知らないことは、働く側にとってリスクでもあります。自分の権利がどこで守られているのか、どこから先は会社に義務があるのかを知っておくことは、いざというときに自分を守る力になります。
また2019年の改正前に働いていた世代として、「青天井の時代」の実態は決して遠い昔の話ではありません。今も上限規制が適用されていない業種・職種が一部あります(医師・建設業・自動車運転業務など。それぞれ猶予期間が設けられていたり、特例の上限が定められていたりします)。社労士試験でもこうした適用除外・猶予業種は出題されやすいポイントです。
まとめ
36協定と上限規制は、働く人全員に関わる制度でありながら、現場では意外と知られていません。試験対策として押さえるべきポイントを整理します。
- 法定労働時間を超える残業・休日出勤には36協定(締結+届出)が必要
- 原則の上限は月45時間・年360時間
- 特別条項を使っても年720時間・月100時間未満・複数月平均80時間以内を超えてはならない
- 2019年の法改正で上限が法律に明記され、罰則付きの義務になった
- 改正の狙いは「努力義務から罰則付き義務へ」と「過労死ラインを意識した上限設定」
「なぜこの数字なのか」という背景を知っておくと、丸暗記より記憶に残りやすいというのはこのシリーズで繰り返しお伝えしてきたとおりです。36協定の上限規制も、その数字の裏にある社会的な経緯と合わせて頭に入れておいてください。
次回は労働基準法シリーズの第6回として、解雇・退職まわりのルールを取り上げる予定です。
あわせて読みたい:
・社労士試験の労働時間・休憩・休日【第4回】
・社労士試験と割増賃金【第2回】
※本記事は筆者個人の体験談です。試験制度や法律は変更される場合がありますので、最新情報は公式サイトでご確認ください。
【一次情報の確認先】
- e-Gov法令検索「労働基準法」第36条
- 厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」
- 厚生労働省「36協定で定める時間外労働及び休日労働について」


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