社労士 就業規則の作成・届出・周知【工場勤務10年、一度も果たされなかった周知義務】

【労働基準法シリーズ 第8回】

前回は賃金支払いの5原則を取り上げました。

今回は就業規則です。

働いていた食品工場で、私は就業規則を一度も見たことがありませんでした。正確に言うと、就業規則という言葉すら知らずに働き始めた、というのが実態です。

社労士の勉強を始めて初めて「就業規則とは何か」を知りました。ただ、知ってからも積極的に見せてほしいとは思いませんでした。一族経営の会社で、何かを言っても変わらないだろうという気持ちがあったからです。

でも今になって考えると、一つ気になることがあります。

その職場では、社員にパソコンが配布されていませんでした。では会社は、就業規則をどうやって周知するつもりだったのか。制度上は「周知」が義務になっているのに、その手段がほとんど存在しない職場だったわけです。

この疑問が、今回の記事の出発点です。

1. なぜ就業規則が必要なのか

就業規則とは、労働時間・賃金・休日・退職など、職場のルールをまとめた文書です。会社が一方的に定めるもので、労働者全員に適用されます。

労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対して、就業規則の作成を義務づけています。

ここで「事業場」という単位に注意が必要です。会社全体の人数ではなく、工場や店舗など、それぞれの事業場ごとにカウントします。本社が大企業でも、10人未満の小さな支店は作成義務がありません。逆に小さな会社でも、その事業場に常時10人以上いれば義務があります。

なお「常時10人以上」という基準は、繁忙期だけ一時的に10人を超える場合は含みません。通常の状態で10人以上いるかどうかが判断の基準になります。

10人未満の事業場は作成義務がありませんが、作ること自体は自由です。また、作成した場合は同じルールが適用されます。

2. 何を書かなければならないのか

就業規則に書く内容は、「必ず書かなければならないもの」と「定めるなら書かなければならないもの」に分かれています。

絶対的記載事項(必ず書く)

項目内容
労働時間始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇、交代制の場合はその規定
賃金賃金の決定・計算・支払い方法、締め日・支払日、昇給
退職退職に関する事項(解雇事由を含む)

これらは就業規則に必ず記載しなければならない事項です。どれか一つでも欠けていると、作成義務を果たしたことになりません。

相対的記載事項(定めるなら書く)

退職手当、臨時の賃金・最低賃金額、食費・作業用品の負担、安全衛生、職業訓練、災害補償、表彰・制裁(懲戒)、その他全労働者に適用される事項——これらは、制度を設けるならば就業規則に記載しなければなりません。

裏を返すと、記載がなければその制度はないものとして扱われます。「口頭で伝えていた」「慣例だった」では不十分で、就業規則への記載が必要になります。

3. 届出と周知——義務の中身

就業規則は、作るだけでは終わりません。届出周知という2つの義務があります。

届出

作成・変更のたびに、所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。このとき、労働者側の意見書を添付する必要があります。

ここで試験によく出るポイントがあります。意見書は「同意書」ではありません。労働者側が反対意見を書いても、届出は有効です。会社は「意見を聴く」義務を負っているのであって、「同意を得る」義務ではない。この区別は、試験でも実務でも重要です。

意見を聴く相手は、事業場の過半数を代表する労働組合(ある場合)、または過半数代表者です。

周知

就業規則は、労働者に周知しなければなりません。周知の方法として、法律が認めているのは以下の3つです。

  1. 常時見やすい場所への掲示、または備え付け(休憩室・掲示板など)
  2. 書面で交付する
  3. 磁気テープ・磁気ディスクなどに記録し、労働者がいつでも確認できる機器を設置する(パソコンのイントラネットなど)

私の職場で気になっていたのがここです。パソコンは配布されていない。では3番は使えない。書面交付なら可能ですが、そういった対応があった記憶もない。掲示や備え付けであれば設備は不要なので、それが現実的な手段だったのかもしれません。ただ実際に掲示物を見た記憶もありません。

もし周知がされていなかったとすれば、就業規則は労働者を法的に拘束しないという原則があります。「知らなかった」では済まされない義務が会社側にあったわけです。

「一族経営だから何を言っても変わらない」と思って黙っていた自分を責めるつもりはありません。ただ、こういう制度があると知っていれば、少なくとも「掲示板に貼ってありますか」と聞くことはできた。知識は行動の選択肢を増やす、とこのシリーズで何度も書いてきましたが、就業規則についても同じことが言えます。

4. 不利益変更——会社が勝手にルールを変えられるのか

就業規則は会社が一方的に定めるものです。では、会社は内容を自由に変えられるのでしょうか。

労働者に不利益な変更については、原則として労働者の同意が必要です(労働契約法9条)。

ただし例外があります。変更内容が合理的で、かつ労働者に周知された場合には、同意がなくても変更の効力が認められる場合があります(労働契約法10条)。

「合理的かどうか」は、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、代償措置の有無、労使交渉の経緯などを総合的に判断します。

試験では「就業規則の不利益変更には労働者の同意が必要か」という問われ方がよくされます。ここで迷いやすいのは、「原則だけ問われているのか、例外込みで理解しているかを問われているのか」という点です。

結論として、社労士試験は両方知っていることを前提に問題が作られています。「同意が必要」という原則だけ知っていると、例外を使った引っかけに引っかかります。逆に「合理的なら同意不要」と単純に覚えていると、「合理的」かつ「周知」の両方が必要という要件を落としてしまいます。「原則として同意が必要。ただし合理的で周知された変更は例外的に有効」という構造ごと頭に入れておくことが、この論点の正しい覚え方です。

5. 法令・労働協約・就業規則・労働契約の優先順位

就業規則の位置づけを理解するうえで、「どのルールが優先されるのか」を整理しておく必要があります。

順位ルールの種類概要
1位法令(労働基準法など)国が定める最低基準。すべての上位
2位労働協約労働組合と会社が結ぶ協定
3位就業規則会社が定める職場のルール
4位労働契約個々の労働者と会社の間の契約

この表を見て、「労使協定はどこに入るのか」と思った方がいるかもしれません。私もここをしばらくごっちゃにしていた時期がありました。

労働協約は、労働組合と会社が交渉して結ぶ協定です。組合が主体であることが前提で、優先順位は就業規則より上に位置します。

労使協定は、労働組合または労働者の過半数代表者と会社が結ぶ取り決めです。36協定が代表例です。労使協定を結ぶことで、本来であれば違法になる行為(法定時間外の労働など)が免罰的に認められます。ただし、労使協定は就業規則や労働契約の上位には立ちません。優先順位の表には登場しない種類のルールです。

最大の違いは締結主体と法的な位置づけです。労働協約は「組合と会社の交渉の産物」で優先順位を持ちます。労使協定は「免罰のための手続き」であり、優先順位の序列には入りません。この違いを意識しておくと、試験で混乱しにくくなります。

下位のルールが上位のルールに反する部分は、その部分が無効になります。たとえば、就業規則で「法定の最低賃金を下回る賃金を支払う」と定めても無効です。その部分は法令の基準が自動的に適用されます。

また、就業規則が労働契約を下回ることはできません。就業規則で定めた基準に達しない労働条件の部分は無効となり、就業規則の基準が適用されます。

逆に、労働契約で就業規則を上回る条件(より多い有給日数、より高い賃金など)を定めることは可能です。就業規則はあくまで「最低基準」であり、個別の合意でそれを上回ることは認められています。

まとめ

  • 常時10人以上の事業場には、就業規則の作成義務がある(単位は会社全体ではなく事業場ごと)
  • 記載内容は「絶対的記載事項」(必ず書く)と「相対的記載事項」(定めるなら書く)に分かれる
  • 作成・変更のたびに労基署への届出が必要。意見書の添付が必要だが、「同意」は不要
  • 周知は義務。掲示・備え付け・書面交付・電子媒体のいずれかによる
  • 周知されていない就業規則は、労働者を法的に拘束しない
  • 不利益変更には原則として労働者の同意が必要。合理的で周知された変更は例外あり
  • ルールの優先順位は「法令 > 労働協約 > 就業規則 > 労働契約」

就業規則は「会社が作るもの」ですが、その中身と周知の有無は、働く人の権利に直接関わります。見たことがない、存在を知らなかったという方こそ、一度確認してみる価値があります。

次回は労働基準法シリーズの第9回として、労働基準監督署・是正勧告のしくみを取り上げる予定です。

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※本記事は筆者個人の体験談です。試験制度や法律は変更される場合がありますので、最新情報は公式サイトでご確認ください。

【一次情報の確認先】

  • e-Gov法令検索「労働基準法」第89条〜第93条(就業規則の条文)
  • 厚生労働省「就業規則の作成・届出について」
  • e-Gov法令検索「労働契約法」第9条・第10条(不利益変更のルール)

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