【労働基準法シリーズ 第6回】
前回は36協定と時間外労働の上限規制を取り上げました。
今回は解雇・退職まわりのルールです。働く人にとって「辞める」「辞めさせられる」は、労働時間や賃金と並んで最も身近なテーマのひとつです。それだけに、知らないと損をする場面も多い。
私が食品工場を辞めたとき、有給休暇が40日近く残っていました。30日前に退職を予告して、残った有給を消化しようとしましたが、日数が足りず使いきれないまま退職しました。当時は「しょうがないか」と思って終わりにしていました。でも社労士の勉強を始めてから、あの状況が法律上どういうことだったのかを改めて整理できました。
今回はその体験も交えながら、退職・解雇・定年それぞれの法的な位置づけを整理していきます。
なお、このテーマは労働基準法だけでは収まりません。退職の申し出は民法、解雇権濫用法理は労働契約法、定年・雇用確保は高年齢者雇用安定法と、複数の法律にまたがります。「辞める・辞めさせる」を法律で理解するには、横断的な知識が必要になります。
1.退職するとき、労働者側のルール
民法上は「2週間前」で退職できる
労働者が会社を辞めるとき、法律上は何日前に申し出ればよいのか。
退職の申し出のルールは、労働基準法ではなく民法に定められています。労働基準法は「会社が守るべき最低基準」を定めた法律ですが、労働者側からの契約終了については民法の雇用契約のルールが適用されます。
その民法の原則では、期間の定めのない雇用契約(いわゆる正社員)の場合、2週間前に申し出れば退職できます。会社の承諾は不要で、2週間が経過すれば自動的に契約が終了します。
ただし多くの会社の就業規則には「退職の1ヶ月前までに申し出ること」のような規定があります。民法と就業規則のどちらが優先されるのかは実務上グレーな部分がありますが、試験対策としては「民法上は2週間」という原則を押さえておくことが重要です。
退職予告後の有給消化——権利はあっても日数が足りない
退職が決まった後、残っている有給休暇を消化しようとする人は多いと思います。有給は労働者の権利ですから、退職前に取得すること自体は認められています。
ただし現実には、残日数が多ければ多いほど、予告期間内に消化しきれないという問題が起きます。
私の場合がまさにそうでした。有給が40日近く残っていたにもかかわらず、30日前に予告したため、どう計算しても使いきれません。退職日を延ばすか、残った日数を諦めるかという選択になります。
ここで「では残った有給を買い取ってもらえないのか」という話になります。
では法律上、有給を使いきる主張は通るのでしょうか。
結論から言うと、法律上は通ります。退職時であっても有給の取得を会社は原則拒否できません。ただし使いきるためには、残日数を消化しきれるだけ退職日を後ろにずらす必要があります。会社は時季変更権を持っていますが、退職日以降に時季を変更することはできないため、事実上「退職日の延長交渉」が必要になります。
法律上どういうことだったかを整理すると、こうなります。有給を消化する権利はあった。しかし30日前に予告した時点で退職日は確定しており、残日数を消化しきれる期間がなかった。周りの人も大体30日前に退職を告げていたので、それに習ったところもあります。買い取りは制度としては昔から存在していたが、会社に義務はなく、しかも失望して辞める会社にわざわざ交渉する気力が湧くはずもなかった。結果として、使いきれなかった有給はそのまま消えた。それが法律上の現実でした。
知識があっても、それを行動に結びつけなければもったいない。退職日の設定ひとつ変えるだけで、消化できる日数は増えていたかもしれません。
2.解雇とは何か——会社側のルール
解雇予告の原則
解雇とは、会社側から一方的に労働契約を終了させることです。退職(労働者からの申し出)とは方向が逆になります。
会社が労働者を解雇する場合、原則として少なくとも30日前に予告しなければなりません。30日前の予告が難しい場合は、30日分に不足する日数分の平均賃金(解雇予告手当)を支払うことで即日または短期間での解雇が認められます。
たとえば予告なしに即日解雇する場合は、30日分の平均賃金を解雇予告手当として支払う必要があります。20日前に予告する場合は、不足する10日分の平均賃金が必要です。
解雇予告が不要なケース
例外として、解雇予告が不要な場合があります。
- 試用期間中で、雇入れから14日以内の場合
- 天災その他やむを得ない事由により事業の継続が不可能になった場合(労働基準監督署長の認定が必要)
- 労働者の責めに帰すべき事由による解雇(同じく労基署長の認定が必要)
「試用期間中なら予告なしで解雇できる」と思っている方もいますが、それは正確ではありません。試用期間であっても、雇入れから14日を超えたら通常の解雇予告が必要になります。
解雇が禁止される期間
解雇自体が禁止されている期間もあります。
- 業務上の負傷・疾病による休業期間とその後30日間
- 産前産後休業期間とその後30日間
この期間中は、たとえ解雇予告手当を支払っても解雇できません。絶対的な禁止です。試験でも問われやすい論点です。
3.解雇を告げられたとき——解雇権濫用法理という壁
会社は自由に解雇できるわけではない
解雇は会社が一方的に行う契約の終了です。だからといって、会社が自由に解雇できるかというと、そうではありません。
労働契約法には解雇権濫用法理という考え方があります。解雇が有効になるには、客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上相当と認められることが必要です。この要件を満たさない解雇は、権利の濫用として無効になります。
「能力が足りない」「態度が悪い」といった曖昧な理由だけでは、客観的合理的な理由として認められないケースも多くあります。解雇は会社にとって強力な権限ですが、法律はその行使に一定の歯止めをかけています。
でも、当事者は冷静ではいられない
制度の話はここまでにして、正直なことを書きます。
突然「解雇します」と告げられたとき、冷静でいられる人はほとんどいないと思います。頭が真っ白になる。次の生活のことが頭をよぎる。解雇権の濫用かどうかを冷静に判断するどころではないはずです。
しかも解雇を告げてきた会社や上司と、その後も同じ職場で働き続けなければならない場合がある。生活がかかっているから、すぐに「はい、わかりました」とも言えない。かといって法律を盾に戦う気力が湧くかといえば、それもまた難しい。
法律は「解雇権の濫用は無効」と言っています。でも当事者にとっては、その無効を主張するための手続きを踏むことそのものが、大きな負担です。
だからこそ、知識を持っておくことに意味がある
それでも、知識があるかないかで、できることは変わります。
「これは解雇権の濫用にあたるかもしれない」と頭の片隅にあれば、すぐに動けなくても、あとで誰かに相談するという選択肢につながります。労働基準監督署、労働局の総合労働相談コーナー、弁護士や社労士への相談。こうした窓口は、知らなければ思い浮かびません。
社労士の試験では「客観的合理的な理由・社会通念上の相当性」という言葉を覚えることが求められます。でもその言葉の裏に、突然解雇を告げられた人の混乱と、それでも生活を続けなければならないという現実があることは、試験勉強の中では見えにくい部分です。
制度を学ぶことと、その制度が守ろうとしている人の側に立つこと。社労士を目指すうえで、両方を意識しておきたいと私は思っています。
4.定年退職はどういう扱いか
定年は「解雇」ではない
定年退職は、解雇でも労働者からの退職申し出でもありません。あらかじめ定められた年齢に達したことで労働契約が終了する、という独自の位置づけです。
試験では「定年=解雇」と混同しないことが求められます。解雇には予告義務や解雇権濫用法理が適用されますが、定年による契約終了はそれとは別の扱いです。
60歳未満の定年設定は禁止
労働基準法ではなく高年齢者雇用安定法の領域になりますが、定年を定める場合は60歳を下回ってはならないとされています。「うちは55歳定年」という設定は認められません。
65歳までの雇用確保義務
高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保が事業主に義務づけられています。その方法は3つの中から選びます。
- 定年の廃止
- 定年の65歳以上への引き上げ
- 継続雇用制度の導入(再雇用・勤務延長など)
多くの会社が選んでいるのは3番目の継続雇用制度です。60歳で定年を迎えた後、再雇用という形で65歳まで働き続ける仕組みです。ただし再雇用後は給与や労働条件が変わるケースが多く、定年前と同じ仕事をしながら収入が大きく下がるという問題も指摘されています。
70歳までの就業機会確保は努力義務
2021年の法改正で、70歳までの就業機会確保が事業主の努力義務として加わりました。義務ではなく努力義務ですが、方向性としては「働ける人には70歳まで働く場を」という流れが制度に組み込まれてきています。
「定年=引退」という感覚は、制度の上でも実態の上でも、少しずつ変わってきています。社労士試験でも高年齢者雇用安定法の数字は出題されやすいので、60歳・65歳・70歳という3つの数字とそれぞれの意味をセットで押さえておくことをおすすめします。
整理するとこうなります。
| 区分 | 法的な位置づけ | 主な根拠法 |
|---|---|---|
| 退職 | 労働者からの申し出による契約終了 | 民法 |
| 解雇 | 会社からの一方的な契約終了 | 労働基準法・労働契約法 |
| 定年 | 年齢到達による契約終了 | 高年齢者雇用安定法 |
まとめ
退職・解雇・定年は、いずれも「労働契約の終わり方」ですが、法律上の扱いはそれぞれ異なります。
- 退職の申し出は民法上2週間前が原則。退職後の有給消化は権利だが、残日数が多ければ使いきれないこともある
- 解雇には原則30日前の予告または予告手当が必要。業務上の負傷・疾病や産前産後休業中は解雇禁止
- 解雇権濫用法理により、客観的合理的な理由と社会通念上の相当性がなければ解雇は無効になる
- 定年は解雇ではなく労働契約の終了。60歳未満定年は禁止、65歳までの雇用確保は義務、70歳までは努力義務
私が有給を40日近く残して辞めたのは、退職日の設定を変える発想がなかったからだと今は思っています。知っていれば交渉できたかもしれない。法律の知識は、自分の状況を測るものさしになります。
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- 社労士試験の36協定と上限規制【第5回】
- 社労士試験と割増賃金【第2回】
※本記事は筆者個人の体験談です。試験制度や法律は変更される場合がありますので、最新情報は公式サイトでご確認ください。
【一次情報の確認先】
- e-Gov法令検索「労働基準法」第20条(解雇予告)・第19条(解雇制限)
- e-Gov法令検索「労働契約法」第16条(解雇)
- 厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正について」
- 厚生労働省「解雇に関するルール」


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