【労働基準法シリーズ 第11回】
はじめに
前回は労働基準法の第1章「総則」として、第1条から第7条までの基本原則を取り上げました。
今回はその続き、第9条と第10条です。「労働者とは誰か」「使用者とは誰か」という定義の話です。
地味に見えるかもしれません。でもこの定義は、労働基準法が「誰を守るための法律か」を決める土台です。労働者に該当しなければ、労基法の保護は一切受けられない。使用者に該当しなければ、労基法上の義務も負わない。つまりこの2つの定義は、法律全体の入口になっています。
私が食品工場で働いていたころ、こういったことを考えたことはほとんどありませんでした。「雇われて働いている」という感覚はあっても、自分が法律上どういう立場に置かれているかを意識したことがなかった。社労士の勉強を始めて、「自分は労働者として守られる立場にあった」ということを、改めて言語化できるようになりました。
この記事では、第9条・第10条の条文の中身と、私の体験から見えてきたことを整理していきます。
1.第9条「労働者とは何か」
労働基準法第9条はこう定めています。
「この法律で『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」
シンプルな条文ですが、ポイントは2つです。
①「使用される」こと 使用者の指揮命令下に置かれていることを指します。自分の判断で仕事の内容・時間・方法を決められる立場ではなく、誰かの指示に従って働いている状態です。
②「賃金を支払われる」こと 労務の対価として報酬を受け取っていることです。
この2つを満たせば、雇用形態は問いません。正社員だけでなく、パートタイマー、アルバイト、日雇い労働者も労働者に含まれます。派遣労働者も、派遣先の指揮命令下で働き、賃金を受け取る立場ですから労働者です。
一方で、個人事業主(フリーランス)は原則として労働者に該当しません。自分の裁量で仕事を受け、報酬を得る形態は「使用される」状態とは異なるからです。
ただし、「名目上は業務委託でも、実態は会社の指揮命令下にある」という場合は、労働者性が認められることがあります。これを「労働者性の判断」といい、試験でも問われる重要な論点です。判断基準は形式(契約の名称)ではなく実態です。具体的には次のような点が見られます。
- 仕事の依頼を断れるか(諾否の自由)
- 仕事の内容・方法を自分で決められるか(指揮命令の有無)
- 報酬が時間に対して支払われるか、成果に対して支払われるか
- 機械・道具を自分で用意しているか
私が食品工場で働いていたとき、ラインの作業内容・開始時間・手順はすべて会社が決めていました。自分の裁量が入る余地はほとんどない。今から振り返れば、典型的な「使用される」状態でした。
2.第10条「使用者とは何か」
労働基準法第10条はこう定めています。
「この法律で『使用者』とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」
「使用者=社長」と思いがちですが、条文はもっと広い範囲を指しています。3つの類型に分けて整理すると頭に入りやすいです。
①事業主 個人事業であれば事業主本人、法人であれば法人そのものを指します。雇用契約を結ぶ主体です。
②事業の経営担当者 法人の代表取締役や、実質的に経営を担う役員などが該当します。事業主から経営を委任された立場の人です。
③労働者に関する事項について事業主のために行為をする者 ここが試験でよく問われるポイントです。人事権・労務管理の権限を持つ管理職がこれにあたります。工場長、部長、現場の班長であっても、採用・解雇・労働時間の管理などに関する権限を持っていれば「使用者」に該当します。
つまり、自分自身が労働者でありながら、同時に使用者にもなりうるという二重の立場が生じます。
私が働いていた食品工場では、主任補までのクラスが現場の製造ラインで実際に作業をしていました。主任になってもトラックを運転して廃棄物の運搬をしていた、という場面もありました。シフトは経験の長い一般社員が作っており、残業は誰かに指示されるのではなく、みんなが自主的に残るという形でした。
労基法の「使用者」という観点からこの職場を振り返ると、正直なところ、誰がどの範囲の権限を持っていたのかが曖昧でした。少なくとも現場レベルでは、採用・解雇・労働時間の管理に関する明確な権限を持つ人物は見当たらなかった。それが会社の実態でした。
ただ、使用者かどうかは肩書きではなく実際にどんな権限を持っているかで判断されます。「主任」という肩書きがあっても、労働条件に関する権限を持っていなければ使用者ではありません。逆に、肩書きがなくても実質的に権限を行使していれば使用者になります。私の職場のような現場では、制度上の「使用者」が誰なのかが見えにくい構造になっていたとも言えます。
3.労働者と認められることで何が守られるのか
「労働者」の定義は、単なる言葉の整理ではありません。労働者に該当するかどうかで、受けられる保護の内容が大きく変わります。
労働者と認められた場合に適用される主な保護を挙げると、次のとおりです。
- 労働時間・残業代の規制:1日8時間・週40時間を超えた分には割増賃金が発生します
- 有給休暇:要件を満たせば当然に発生します
- 解雇制限:合理的な理由のない解雇は認められません
- 労災保険:業務中・通勤中のけがや病気に対して給付が受けられます
これらはすべて、「労働者であること」が前提です。名目上は業務委託やフリーランスであっても、実態として使用者の指揮命令下で働き賃金を受け取っているなら、労働者性が認められる可能性があります。近年、こうした働き方をめぐるトラブルが増えており、「自分が労働者に該当するかどうか」を知っておくことの重要性は高まっています。
私が働いていた食品工場で、こんな話を聞いたことがあります。フォークリフトと壁の間に挟まれて膝を壊した同僚が、労災保険ではなく健康保険で受診したというのです。真相は確認できませんが、もしそれが事実であれば、本来労災保険が適用されるべき業務上の災害を、健康保険で処理したことになります。
労災保険と健康保険では、受けられる給付の内容が大きく異なります。労災であれば治療費は全額給付され、休業中の補償も受けられます。健康保険では3割の自己負担が生じ、業務上の災害に対する休業補償も受けられません。労働者として認められているにもかかわらず、その権利が適切に使われなかったとすれば、大きな不利益です。
当時の私にはそこまでの知識がなく、「そういうこともあるのか」と聞き流していました。社労士の勉強でこの定義と労災保険の仕組みを学んでから、あの話が持つ意味を改めて理解しました。知識があれば、少なくとも「それは労災ではないのか」と声を上げることができたかもしれません。
有給については、シフトを組む担当者に事前にお願いすれば最大限考慮してもらえる職場でした。制度として使えていた分、労災の話との落差が今になって気になります。同じ職場で、権利がきちんと使われた場面と、そうでなかった可能性がある場面が混在していた。それが現実だったのだと思います。
一方で、労働者であれば自動的にすべての社会保険に加入できるわけではありません。雇用保険や健康保険・厚生年金には、労働者であることに加えて別の要件があります。この点については別の機会に改めて整理します。
4.試験対策のポイント
第9条・第10条は、社労士試験では択一式・選択式ともに出題される基本論点です。数字や計算が絡まない分、条文の言葉をそのまま正確に押さえることが得点につながります。
①労働者性の判断は「実態」で見る 試験でよく問われるのが、「業務委託契約を結んでいても労働者に該当するか」というパターンです。判断基準は契約の名称ではなく実態です。指揮命令下にあるか、報酬が労務の対価か、という点を軸に考えます。「形式より実態」という原則は、他の論点でも繰り返し出てくる社労士試験の基本的な考え方です。
②使用者の範囲は「事業主」だけではない 「使用者=会社の社長」と覚えてしまうと引っかかります。第10条の③「労働者に関する事項について事業主のために行為をする者」まで含まれる点を押さえてください。現場の管理職が使用者に該当するかどうかは、肩書きではなく実際の権限で判断します。
③「職業の種類を問わず」という言葉 第9条には「職業の種類を問わず」という言葉があります。どんな業種・職種であっても、2要件を満たせば労働者に該当するという意味です。試験では「○○業は労働者に含まれない」という引っかけが出ることがあります。職種で排除されることはない、と覚えておいてください。
④同居の親族と家事使用人は適用除外 労基法には適用除外の規定があります。同居の親族のみを使用する事業と、家事使用人には労基法が適用されません。家族だけで経営している小規模な事業が典型例です。試験では「同居の親族は労働者に含まれるか」という問われ方をすることがあります。「同居の親族のみを使用する事業」であれば適用除外、他の労働者と一緒に働いていれば労働者に該当する、という整理が必要です。
まとめ
今回は労働基準法第9条・第10条の「労働者」「使用者」の定義を取り上げました。
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 第9条 | 労働者=使用される+賃金を支払われる者(職業の種類を問わない) |
| 第10条 | 使用者=事業主・経営担当者・労働者に関する権限を持つ者 |
この定義が重要なのは、労働基準法の保護を受けられるかどうかの入口だからです。労働者と認められれば、労働時間・有給・解雇制限・労災保険といった保護が適用されます。逆に該当しなければ、これらの保護は一切受けられません。
試験対策としては、労働者性の判断が「形式ではなく実態」で行われる点、使用者の範囲が現場の管理職にまで及びうる点を正確に押さえておくことが重要です。
次回(第12回)は、第11条・第12条の「賃金・平均賃金の定義」を取り上げます。
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※本記事は筆者個人の体験談です。試験制度や法律は変更される場合がありますので、最新情報はe-Gov法令検索または厚生労働省の公式サイトでご確認ください。


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